生育歴

生死観

なにが正しいっていうことは言えないから。 生きることを素直に喜ぶことはできないので、 なんで生きなくちゃならないんだ、 なんで死ねないんだ、 自分は生きていることが許されるのか そういう思いで生きてきた時間が長すぎた。 今は、とくにまあ。 生きて…

大学の頃

母は大変に支配的な人でした。 気に入らないことがあると、非常に不機嫌になり、 そのありさまがまたすさまじく。 いつも母の顔色をうかがって、 自分に何をさせたいのか、必死に読みながら 行動していました。 そして、いつの間にか、 とりあえず目の前にい…

高校の頃をなんとなく思い出す

高校の頃というのは、自分にとっては 楽な3年間でした。 とりあえずは大学受験という目標があって、 進学クラスだったためか、 さほどに浮くことも目を付けられることもなく、 それなりに親しく口をきく人もいつつも うっすらと浮き気味という風でしたかねえ…

なんか思い出したりした続き

そもそも、(当時は知らなかったが)自分には アスペルガーという問題があって、 経験から物事を学ぶのが苦手だということがある。 その上にもって、人と親しく接することがないものだから、 「常識」というものがまるで身につかなかった。 いつも一人で本を…

思い出したりする

私は一人っ子で初孫だったから ずいぶん溺愛されたのだと思う。 小学校のときは、どうにもうまく合わなくて いじめられていた。 まあ、たいしてなにをされたというほどのことは されていない。 でもやっぱり辛くて、学校から帰ると 母の膝で泣いていた。 母…

社内ニート・・・

http://r25.yahoo.co.jp/fushigi/rxr_detail/?id=20121101-00026640-r25&vos=nr25mn0000001mixiのヘッドラインからR25の記事。京都に異動になったとき、仕事なかったんだよなあ・・・ 異動以前から課員には嫌われていたし。 人のいない部屋紹介されて、寝て…

つくばのころ

就職してつくばにいたころは、 まあ、うまくやっていたと思う。 それなりに軽くない抑うつはあったものの、 生活や身体の健康に支障が出るほどではなかった。 仕事はとにかくも、今まで人が手をつけてないところを 転々とさせられたが、苦にならなかった。 …

ピアノ

小学校のころから、中学を卒業するまで ピアノを習っていた。 なかなかに気まぐれな先生で 練習をしてこないとひどく不機嫌になり それがその後2,3人のレッスン続いて その子たちも被害にあうのだが。 それでも、理不尽に叱られることは なかったように思う…

nobody, nowhere

子供のころ、どうしても周りと うまくやっていくことができなかった。 小学校の高学年のころからだろうか、 わざと笑われる行動をとることで、 自分の本体が攻撃されることをかわすようになった。 道化を演じるようになって それでもまだ学生のころは さほど…

言葉

私の発音は、少しおかしい。 標準語ではないが、どこの方言かはわからない、 といわれる。 それもそのはずで、主に本で言葉を覚えた。 学校の子供たちと会話をすることが いかに少なかったとはいえ、 母とは会話をしたし、 家ではなにかしらテレビがついてい…

親のこと

いい年した大人が歪んだ性格を親のせいにするな。 それはある意味正しい。 つまりは、自立しろということだ。 しかし、人格はおおむね青年期までに形成されるので 親の影響は大きい。 そして、大人になってから、性格の歪を矯正して行くことは 生半可な努力…

「普通の子供だった」

アスペルガーの人は親との関係がこじれてる場合が多い。 なにかがおかしいとはっきりいえるわけではないが 普通ではない。 その普通でないこととの攻防というのは 親にとって大変な苦労だろうと思う。 また子供の側からしても、無理な矯正をされる痛みがある…

Personalityの問題は

見合い結婚に、仕事に忙しい夫、 夫婦の信頼関係というものは薄っぺらそうな気がする。 両親の場合がどうであるか、断言はできない。 仕事が忙しく育児参加しない夫が あまりよく知らない人だったら、 子供に関して問題が起こったとき、 妻は夫に相談するだ…