執事、メイド、家政婦

なろうで、たまに執事長とか出てきて、

なんやそれ、って思います。

ヨーロッパ翻訳だと、執事は長の役職なんで、

そこに長はかぶせないですねー。

 

執事と訳される英語には、

steward、butler、valetなどがあります。

日本語の執事は、寺の執事、とかまだ残ってるぽいけど

どういう役職かは、よく知らない。

 

stewardは家令と訳すこともあって、

家と領地の経営を補佐するような役割。

代々仕えてる、とかいうのも見る気がします。

とはいえ、上級使用人とはいえ、使用人には変わりない。

日本だと殿様の側仕えとか、武士ですけど、

あちらでは、使用人であり、労働者。

時代が下るとstewardはあまり見なくなって、

秘書が出現するようになります。

多分、主人が領主から社長や株主に変化するのと同じかなあ。

秘書だと、主人一家の食卓に、およばれしてることもあります。

役割は似てても、立場は全然違う。

 

執事といって、真っ先に思い浮かぶのがbutlerかも。

「19世紀のロンドンはどんな匂いがしたのだろう」では

食堂支配人と訳されていましたが、

bottler、酒瓶bottleを管理する者が語源だとかで、

主な仕事は、正餐の進行。

(客の前に出る)男性使用人の長でもあります。

valletは人につき、butlerは家につく、などとも言われ

食堂中心に屋敷を管理するの役割です。

 

valletは従僕と訳すことが多いですが、

ウッドハウスのジーヴスがvalletなので。

男性の主人の身の回りの世話をする人で、

旅行などにもついて歩きます。

日本の執事イメージはvalletのが近いかも。

 

男性使用人の長である執事に対し、

女性使用人のトップはhousekeeperです。

家政婦の象徴は、鍵束。

家のすべての鍵を持って、屋敷を管理する偉い人です。

掃除とかするのが、メイドの役割ってこともあるので

その上に立つ家政婦が、屋敷を管理してるんですねー。

執事とどっちが上かと言われると、ケースバイケースっぽいです。

クリスティ作品で、家政婦が執事の人事を、どうにかしてるのありましたし。

まあ、クリスティは時代が新しすぎて、なんか違いますけど。

赤バハ0周

先週末は、結局、一度も赤バハ集まらなかったんですよねえ。

こんなことは、、多分なかった、かもしれない。

断言できませんが。

悲しいね。

どうしたら人が来るようになるのだか。

地道に募集し続けるくらいしか

思い浮かばないっていうか。

うーむ。

 

他はあんまりやる気なくて、ログイン減ってます。

色についてのメモ

ネットで調べたこととかのとりまとめ。

 

色とは、光の波長。

アナログに変わるものに何故三原色があるかは、

人の錐体細胞が、3種類だから。

赤(長波長)に反応するのと、

青(短波長)に反応するのと、

緑(中間)に反応するのと

光の三原色の根拠がこれ。

そして色素が吸収する色の補色が認識した色になる。

減法の三原色は、

赤をフィルターするシアン、

青をフィルターする黄、

緑をフィルターするマゼンタ。

 

ということに、なるのかな。

不斉

図形の合同とかで、鏡像になっているのを見ると

もやっとする。

専門職からは離れて久しいけれど、

それでも学部教育は、それなりに染みついているのだろう。

フィールドによって違うだろうけど

私にとっては不斉は別物だ。

 

不斉、キラルまたはカイラルとも言う。

有機化学の人だとドイツ語読みする人も多いが

それ以外だとだいたい英語読みにする。

定義は鏡像がそれ自体とぴったり重ならないこと。

具体的に言うと、手。

右手を鏡に映すと、左手になって、

右手と左手は、重ならない。

そういうものを言う。

数学的には、内部に対称性がないとキラルになるらしい。

有機化学においては、炭素の4本の手に

それぞれ違うものが付いているとキラルになる、という認識。

ちなみにキラルでないものは、アキラルと言う。

英語読みでエイ-カイラルと言う人もいる。

日本語はなんだったか、非を付けるんだったか。

でも不の前にさらに非がつくのは、気持ち悪いので却下。

 

キラルなものとその鏡像は、右左と区別して呼ぶことが多い。

理由の一つは偏光の性質が絡むからだが、

単に手のメタファーで左右と言っている、ということもある。

化学的性質は同じ。

なぜこれが問題になるかというと、

生体に投与した時の反応に差があるからで。

 

教養の化学の教官が「靴と靴下の法則」と言っていた。

足はキラルである。左右がある。

靴もキラルである。だから、右足は右の靴しか履けない。

ところが靴下、無地のソックスはアキラルである。左右がない。

だから同じ靴下を右足に履くこともできるし左足に履くこともできる。

キラルであることの問題点がこれ。

生体はキラルなのだ。タンパク質とか、そういう色々が。

だから、キラルなものを区別する。

キラルな物質の右が薬だったら左は毒ということは、よくある。

だから、右と左は違うもの、として考えるクセがついている。

 

というわけで、鏡像を同じものと言われると

なんとなくもやっとする。

 

甘いもの

甘いものが嫌いって、なんだろ。

そういう人がいないじゃないけど。

甘いっていうのは、必要な栄養素を感知する味覚だから。

まあ、甘いのが嫌っていうより、

甘すぎるのが嫌なんだろうなあ、とは思う。

要するに、穀物や果物の甘味ではなく

精製砂糖の味が嫌なんじゃないかと。

まあ、果物も、糖度高すぎるとダメかもだけど。

ご飯も甘いからダメって人はいないハズだ。

多分。

甘いっていうのは、糖質の味で、

旨いっていうのは、アミノ酸の味だというけれど、

あまいとうまいは、語源が一緒だと聞いたこともある。

甘いものは美味しいのだと。美味しいとは甘いということだと。

言葉ができたそのころに、精製砂糖なんて、ないだろうけど。

まだふみもみず天橋立

高校の時の、国語の担任が、

旧帝大博士課程で和泉式部を研究していたという人だった。

そのときは気づいてなかったが、

ああ、そういえば丹後だったなあ、と。

単に出身地に帰ってきただけと思っていたが、

そういうこともあったのかもしれない。

そもそも和泉式部に興味を持ったきっかけかもしれない。

 

おととしだか、松島に観光に行ったが、

人が多いのに驚いてしまった。

天橋立は、海水浴の浜辺は、それなりに人が多いものの

それ以外のシーズンは、まあ、さびれている。

写真で見ると絶景なのだ。

いや、実際にも天気さえよければ絶景なのだが。

日本三景とはいうが、自然の作り上げた絶景という

写真映えするというか、なんというか

景色はずぬけて素晴らしいのだ。

天気さえよければ。

ただ、概ね雨が降ってるのと、陸の孤島感が。

 

いい思い出はない場所だが、

様々伝承が多いのと景色の良さは

まあ、それなりに好きだったりする。

 

育成ときどき赤バハ

まあ、いつも通り、なんですが。

たまには違うことも、とか新しいのを、とか

思わんでもないですが。

ずっと同じことしてると脳が老ける気がする。

でも、ほぼずっと同じルーティン。

次に育てるものが、ちょっと見つかってなくて。

こう、育てたいものが、いまいち。

放置中の子はいるんですけど。

ウーコクーンもあるんですけど。

 

そして赤バハは相変わらず、集まるのが難しい。

身内で行ってる人とかも、いるんですかね。

どうも自分は、人とかかわるのが上手くなくて。

野良のほうが、好きなんですよねぃ。