調べればわかることかもしれないが、
憶測で書いていくのは、自分が楽しいからです。
間違えることも多々ありますが。
調べるつっても、専門の資料を探すのは、
まちの図書館くらいじゃ無理な話なんで。
物書きの人たちって、どうやって資料入手してるんでしょう。
不思議だわー。
「風雲児たち」で幕末近くのカピタンが
江戸参府に際し、200年前の服を着る決まりに
あきれるシーンがあるのですが、
御簾の向こうの将軍は200年どころか
1000年近く変わらない束帯で応対しています。
それが、礼装というものなのですね。
今はヨーロッパにも、燕尾服だのタキシードだの
礼装、順礼装といったものがあるのですが、
19世紀以前は、あちゃらは礼装というのがなかったんじゃ
ないかなー・・・と。(憶測)
勲章だのなんだのを付けると、礼服になったんだと思います。
ヨーロッパの王侯貴族の肖像画を見ると、
着ているもので時代が分かります。
それに対して、日本の場合、
鎌倉将軍と足利将軍と徳川将軍と、
肖像画を混ぜて出されると、判別がつかない。
関白も太政大臣も将軍も、皆、束帯です。
後世、束帯と唐衣は皇室だけのものになり、
他の礼服は羽織袴と留袖に変化します。
洋装の礼服が今の形になっていくのと、
時代的にはそんな変わらないんじゃないかと、憶測です。
それでも、洋装の女性の礼服は、
きちんとした規定がないですよねえ?