陸奥行かば

海行かば長歌については、
以前に書いたことがあって、
そのとき調べたのですが、
そのときはなんとも思わなかったのですが。
大伴家持が、大王の命で陸奥へ行く際に
作った歌なんですよね。
ずっと時代が下って、藤原実方なんかが
陸奥に左遷されたりしてるわけですが。
いちおー国土の一部である以上、
役人を派遣する必要もあるでしょうし、
国司も置くのかもしれませんが、
古い時代は、東北に行くといえば、左遷か流罪か。
だいたいそんな感覚だったようなんですね。
はて、どう捉えるべきか。