shakespear

大学の時に英語の講義でOtheloを読んだ。
(日本語訳を読んで)レポートを書くという課題が出された。
解釈がおかしい、ちゃんと読んだとは思えない、
と評価された。
あれだけ解釈にばらつきが出るものの
どれが正しい、どれが間違っているということが、
そもそも、おかしい。
その教授は「正統」の解釈だった。
タイトルロールが主役であり、善である。
(ダークヒーローものもあるのだが。)
だが、シェイクスピアの解釈は、割れる。
それは、登場するキャラたちが、
おのおのの立場と都合からの主義主張をするからだ。
なにが正しいかは、その人によって違う、
そういう風にシェイクスピアは思っていたのかもしれない。
だから、キャラがそれぞれの主張をする。
主役と脇役もそれほど扱いに差がない。
それは当時の演劇作法なのかもしれないし、
あるいは、シェイクスピアの主張かもしれない。
生きることに主役も脇役も、ない。